ナユタ 古代インドの数量の単位 きわめて大きな数量の単位。10の60乗。私たちが、最愛の息子に付けた名前です。
プロフィール

* もも *

Author:* もも *
1982生まれ
2005/5 18才からお付き合いしていた彼と結婚。
2006/4 妊娠発覚。
2006/12 24才で待望の男の子を出産。
今は育児にてんてこまいまいちゃん。
ドリカムと洋服とコスメをこよなく愛する専業主婦。

ナユタのこと
2006/12/9うまれ 男の子
ぱっと見一歳くらいの巨大児。
生後5ヶ月にして90cmのロンパースの股のボタンを布ごと引きちぎる。
ブラジャーが要るんじゃないかと思うほど巨乳。
完全母乳
母乳を誰よりあいする男。


パパのこと
三十路手前のさわやかパパ。
詐欺じゃないかと思うほどに見た目だけ若い。
肉体は実年齢とともに着実に老いてる。
麺と自転車と、ももをこよなく愛する男。

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最初に書いておこう。
私は歯医者で泣く女である。
採血や注射のたびにまず、「それって痛いですか?」と聞く女である。
全ての基準は痛いか痛くないか。
その位痛みに弱く、痛みから逃げてきた女である。
陣痛なんか体験したら、私はきっと死ぬと思っていた。
でも、生きている。

12月4日月曜から夜になると10分間隔の陣痛もどきが来始めて、12月7日木曜に検診をうけたらそのまま入院に。
午後、子宮の入口をえいっと広げて風船を入れて子宮口を広げる処置をした所、本格的な陣痛が!!
そのまま陣痛と徹夜で戦う。
12月8日金曜日朝、陣痛間隔が狭まらないのと段々弱くなってきたのとで、点滴で陣痛促進剤を入れる事が決定。
昼には息も絶え絶え、夕方には産まれそうだろうと予想される陣痛になり、破水
このあたりからもう意識朦朧、時間感覚もなければ誰がどこに居て私のどこを触っているのかさえ解らない。

頭の中は「きっとこんなんじゃ生まれないはずだ」
そればかり繰り返していた。
「まだ?」「まだ?」と思うと何でも長く感じそうだったから
妊娠判明時からずっと、陣痛の時はそう思おうと決めていた。

私は看護学生を二人、今回のお産に受け入れていたのだが、
痛みのあまり彼女たちの名前や顔すら覚えて居ない。
(月曜日に再び彼女たちが挨拶に来てくれ、そのときはじめて名前と顔をしる。
そして退院までの一週間、私の全てを見てもらい私の全てを触って貰った。
拒否する理由が浮かばなかった。)



破水すると陣痛は更に強くなるが、赤ちゃんが降りて来ないので、も少し促進剤を入れる。
トイレで破水に気付くが、イマイチ確証が持てない。
助産婦さんに匂いをどう伝えるかかなり迷った。

「あの・・・生臭いんです・・・」
息絶え絶えに伝えたが、これは後で考えてもお産の最中一番頭を使ったことだ。


力を入れてはいけない、赤ちゃんが苦しいから力を抜いて!
そういわれる声が遠くで聞こえる。
陣痛が来ると、はぁーと声を出しとにかく力を抜こうと必死になっていた。
はぁー、はぁー、あぁーーー
声が上ずって唇ががさがさして、とにかく体の底から獣が吠えてるみたい。
一体何時間そうして叫んでいたか解らない。

ただひとつ覚えているのは、
それまで一歩はなれて見ていた母が、私の隣に居て、
陣痛の隙間に薄目を開けたら、母がはらはら泣いていた。
私が点滴のスタンドを掴んでいる手を上からつつんで、はらはら涙を流していた。
はらはら、はらはら、私の汗をぬぐいながら母が泣いていた。
視界がTVの砂嵐みたいになって、人間の声が遠い。


間隔無しの陣痛になってしまったが赤ちゃんが降りて来ない…子宮口も5cmから開かない
効きすぎてしまったので促進剤打ち切り。


すると陣痛間隔がまだらになってしまう。
促進剤が有効に効いている場合は、促進剤の点滴をとめても陣痛間隔は縮まらず
そのまま陣痛が続くんだそうだ。
つまり、この陣痛はただ促進剤の点滴によって起きているだけだということが証明されてしまった。


「赤ちゃんはだいじょうぶですか 」
頭の中がその言葉で一杯になる。

破水から24時間以内にお産にならないと胎児が細菌感染するおそれがあるとかで
土曜日午後までをタイムリミットに、また土曜日朝から促進剤をしてみるか、
今から緊急帝王切開にするかを夫婦で話し合って一時間で決めろと宣告。
私が持病があるので出来るだけ帝王切開はさけたいが、このまま拘る理由はどこにあるのか。

説明をしたあと、担当医は言った。
決めるのは私たちふたり。
話しあう、気持ちを伝え合う。
その間も陣痛は来る…話しては陣痛、声をあげる私と力いっぱいさする夫。
陣痛が去ったらまた話しあう・・・。

12月8日 時刻夜10時半。
もう徹夜で陣痛続きの私は限界。
23時に緊急帝王切開決定。
私は、ずっと自分は経膣分娩でお産が出来ると信じていたし、夢を持っていた。
体操も、散歩も、栄養管理だってがんばった。
なのに・・・なのになんで・・・
「帝王切開だって、立派なお産だよね」そう泣いた私に
「よく頑張ったよ、あとは先生たちに任せよう。もう少し、頼んだよ」
夫がそういった。

歯医者で泣く女が、手術室に入る事になってしまった。

手術同意書に二人でサインをし、麻酔の説明を受け、再びサイン。
いったん帰宅していた私の両親に電話をし、夫の両親にも電話をかけてもらう。
日付変わって土曜日の0時過ぎ。

尿道から膀胱まで管を入れ、心電図をとり、レントゲンを終える。
陣痛室まで、ポータブルのレントゲン機を技師の方が運んでみえてその場でそのままレントゲンが撮れた。
これが、最新式か・・・すごいな、現代って。


腰椎から麻酔と、術後の痛み管理のための管をを入れる。

夫は手術室前で、私の両親は部屋でまつことになった。

情けない事に、何故か私は震えがとまらず
手術台の上でガタガタガタガタ、震えてしまった。
寒くも怖くも無い、なのにガタガタ震える。
止めようと思っても、とにかく体が言う事を聞かない。
看護士さんが、術衣を握るように言ってくれて、私は彼女の服を握り締めていた。

お腹の中では、我が子がのんきにしゃっくりを始めた。
どこまでこの子はマイペースなんだろう。
そして、まだ、陣痛はやってくる。
陣痛と陣痛の隙間に、腰椎に針を刺し、管を入れ、再び針を刺し、麻酔をさす。

下半身麻酔は、痛みすら感じないものの、触られる感覚は全て残るので
あ、今お腹を切ってるな、何かを開いたなって全て解ってしまった。
しかも運が悪い事に、レントゲン写真を貼るための壁面の後ろから蛍光灯がつく例のあれに反射して
自分のお腹を開く先生の手元が全て自分で見えてしまった。
お腹の中が、赤かった・・・
あまりの恐ろしさに目線をそらして、心の中で一生懸命赤ちゃんに話しかける事にした。

ずっと、まつぼっくりの歌を頭の中でうたっていた。
ちなみにこの歌は、夫は知らないらしく
私がでたらめにつくっうたって居ると思ったらしい。
妊娠中、我が子によくうたって聞かせた歌だ。


手術開始から15分で子宮を切るまで到達。
やっと、やっと、赤ちゃんに会える。
長かったなぁ・・・そう思うとなんだかじんわり泣けてきた。
涙をぐっとこらえる。
麻酔科の先生が
「もうすぐ赤ちゃんがでてきますよ。大丈夫ですか?」
と声をかけてくれた。


いよいよだ。
いよいよ、いよいよだ。


子宮を切ったらお腹を押して切り口から児の頭を出すのでブンブンおされる。
ブンブン・・・ブンブンブン
男のドクターが力いっぱいお腹を押す。
内臓が口から出そう。


しかし、何度押しても頭が出ない!!
追加切開をして頭を出すと、産声が!!

ほぎゃ・・・

先生二人に手術関わったスタッフ全員の声がする
『でかい!!』
『凄いおっきいよ!!』
『男の子だよー!!』

良かった。
赤ちゃん、生きていた。
私は子宮収縮剤の点滴を受けながら、早くこの目で見たいと不安で不安で仕方ない。
点滴が落ちたらみるみる子宮収縮剤でお腹が痛くなる…まるで陣痛だ…

痛い…痛い…痛い…あれ、まだ陣痛かな…でも赤ちゃんの声がする…
何だか頭のなかが混乱して来る。
陣痛室と手術室の記憶がごちゃごちゃになった感じだ。

「すみません、凄く痛いです」
「少し薬を足しますね」そう麻酔科の先生がいい、何かされた瞬間に猛烈な吐き気が襲う。
「はきそうです・・・」
こんな状況でも敬語で話しかけている自分に少し笑えたが、とにかく今の私はこらえ切れない吐き気でいっぱいいいっぱいだ。

「どうぞ!」
どうぞって・・・
そういって、なんか吐くための皿みたいなの付けられたが、
おえってなるけど胃が動かないのか吐けない。
えづくのに吐けないって・・・辛い。
体が反動で動いてしまって肩を押さえつけられる。

「お薬をもう少し足しますね」
そういわれた後は、意識が少し遠くなり吐き気がおさまった。


意識が段々朦朧としてくる中、助産婦さんが赤ちゃんを連れて来てくれた。

白いバスタオルにくるまれた私の赤ちゃん。


『CMみたいだぁ…』


これが私の初めての言葉になってしまう(笑)
新生児じゃなくて、おむつのCMに出て来る位の乳児に見えたから
そんな言葉が口をついて出てしまった…
ほぎゃーほぎゃーと大きな声で泣く私の赤ちゃん。


麻酔科のドクターが、モニターがはってあった指を固定から外して赤ちゃんを触るように促す。
左手の人差し指で、私は赤ちゃんの左手を触った。
生まれたてのわが子は、ひんやり冷たかった。

そうか、生まれたての赤ちゃんってひんやり冷たいんだ・・・

白くふやけた手…
小さな爪がしっかり生えてる
涙が止まらなくて必死にまばたきをして目に焼き付ける。

「会いたかったよ
 誕生日おめでとう… 」
触れるのが怖い程、不思議な空気でつつまれた
未知の生物を目の前にしたような
触るのも恐れ多く感じた。
とにかく不思議な感覚だった。


ほんの数分の対面の後、赤ちゃんは夫の元へ連れていかれた。
12月9日 夜中の1時35分、私の体の中の心臓がひとつになった。




再び手が固定され、ドクターの声が聞こえる。
「おいー!バキュームがすえへんぞー!」
「昨日はいけましたよー?」
「おっかしいなぁー」
「どっか折れてませんか?」
「ガーゼ2枚ー!」

おいおい・・・頼むぜ先生と思いながら途端にお腹をかき回される気持ち悪さと
子宮収縮の痛みにもだえる時間に戻る。
頭の中は
「あれ?性別どっちっていってたっけ・・・」そればっかり思っていた。

40分かけて縫合を終え、再びお腹のレントゲンを撮る。
どうやら器具の置忘れとかがないかを確かめるためらしい。
担当医の先生が、ニコニコしていた。
すごいおっきい赤ちゃんだったねぇ~とスタッフと話しているのが聞こえる。
「出血650ccです」
「はい」

そっか、お腹切ったのに650ccしか血って出ないのかぁってぼんやりした頭で思った。
頭の中には計量カップになみなみと血が入ったモノが3個と少し
かなり具体的に見えていた。


ガラガラと部屋に運ばれると、夫が私を待っていた。
両親が気をきかせて部屋の外に出る。
「赤ちゃん、だっこした?」
私が夫に最初に聞いた言葉だ。
彼は私にこういった。
「うん。抱っこした。
 ありがとう、元気な赤ちゃんを産んでくれてありがとうね。
 ・・・ありがとうね。」
夫が私の髪をなでてくれた。
ずっと、私の髪をなでてくれた。
私は緊張の糸が解けたように涙が溢れてきて
ベッドの上で泣いた。


こうして、私たち夫婦は男の子の親になった。
今日も髪フリ乱して育児に振り回されている。

眠くて、眠くて、トイレも自由に行けないし
ウインドウショッピングなんていけるわけが無い。
自由な時間は皆無になった。
それでもこんなに満たされた優しい気持ちで居られるのは
我が子が元気に生きていてくれるからだ、そう思えてならない。


ありがとうね、未熟な私たちを親に選んでくれて。
ありがとうね、元気に生まれてきてくれて。
ナユタ、大きく育ってね。
そしていつの日か、あなたが父親になった時、
あなたにパパがしてくれたように
あなたの赤ちゃんを守ってね。
あなたが愛する大事な人を、この小さな手でしっかり幸せにするんだよ。

ママは、ナユタを産んで幸せです。
パパの赤ちゃんがナユタでよかった。
ありがとうね、ナユタ。
私をママにしてくれて
ありがとうね、パパ。


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(-.-)Zzz・・・・私もひたすら眠かったzzz×4なのでzzzzzzzzzzzz
こんな感じかなぁ~
よくbabyと一緒に寝ていたわ(-.-)Zzz・・・・
それにしてもなゆちゃんの出産小説感激してウルウル(;_;)しました
これを機にももちゃん小説家になったら?!文才あるし~
by kako
【2007/01/31 Wed】 URL // Kako #- [ 編集 ]
昨晩のTVでインドネシアで助産婦をしている39歳の女性(冨岡さん?)の特集をしていた。簡単な筒式の聴診器だけで子供を取り上げていた。そのなかで卵子から子供が胎盤と子宮を作りながら自らも大きく育つと言うことを聞いて感激していた。設備は竹のベットとお湯の入ったタライだけで、冨岡さん曰く人間って強いんですヨー。滅多に壊れませんヨーと簡単に仰っていた事に昔を思い出してしまいました。ももちゃんが書いた、この短編小説のようなドキュメンタリーは大阪と川崎へ送りました。これを読んだ女性陣は昨日のことのようにうなづきながら思い出すことでしょう。キット(経験できない者は・・・・)確か、カコちゃんもパパの育児メモを書いていた気がします。(探してみるか・・・・)
【2007/01/31 Wed】 URL // エイ君 #- [ 編集 ]
。・°°・(((p(≧□≦)q)))・°°・。
感動したぁ~!うるうるきちゃったよ!
2人を産んだ時のこと、思い出しちゃった。
はやくなゆちゃんに会いたいなぁ~!
【2007/02/01 Thu】 URL // みずほっち #- [ 編集 ]
cocoさん
本当に毎日眠い日々です。
出も私が眠いと言う事は、きっとなゆちゃんも眠いんですよね。
だったら寝てくれよー!と思いますけど
こればっかりはしょうがないので
余りに眠い時はコンコンと語って聞かせています笑
【2007/02/01 Thu】 URL // もも #- [ 編集 ]
エイ君
パパの育児メモ、ぜひとも拝見したいです。
こんな拙い文章を送ってしまったのですか!!
恥ずかしいです・・・
でも、陣痛の間も何時何分にどんな処置をしたかすべてメモをとっていたので
とても楽にかけました。
メモに協力してくれた学生さんにも感謝です。
【2007/02/01 Thu】 URL // もも #- [ 編集 ]
みずほっち
いやぁ、上の子が居ながら、下の子も育ててきたみずほっちを心から尊敬します。
みずほっちの出産体験記も是非読みたいなぁ。
今度BlogにUPしてください。

ちびちゃんが寝てたベビーベッド、
子ども部屋で大事に使わせていただいています。
【2007/02/01 Thu】 URL // もも #- [ 編集 ]

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